Internship

インターンシップ

■オーストリア共和国(ウィーン、ヴァッハウ渓谷地域) 2016.6.28-2016.7.6

■参加者

HIGOプログラム(学生8名、教員2名)

■目 的

さまざまな行政・住民組織を訪問しヒアリングを行い、オーストリアの都市部・農村部における諸問題の解決方法や社会資本の在り方を学ぶ。

■内 容

1日目
福岡からフィンランド・ヘルシンキを経由し、夕方頃にウィーン着。その後、滞在ホテル「Walch(ヴァルヒ)」にて現地コーディネーターのヨハネス・ヴィルヘルム(ウィーン大日本学部講師)と日本学専攻の学生アントニアさんと合流。今後約一週間のプログラムに関するブリーフィングを受けた後、ウィーン市内「西駅」付近にて夕食をとりました。

2日目
朝食後、9時より研修プログラム開始。まず、カリタス が運営するアートスペースで、様々な異文化同士をつなげているBrunnenpassageを訪問。職員の方々から同団体に関するレクチャーを受けました。ここは、東欧からの移民が多く暮らすマーケット近くにあり、その名の通り「passage」つまり誰もが気軽に入れる道のような場所になることを目指しています。その後、隣接する Brunnenmarkt areaを散策。90年代初頭、ユーゴ紛争時に多くの人々が戦禍を逃れてオーストリアへ避難。その後、ここにマーケットが形成されました。今では東欧だけでなく、より多様な人々が行き交うウィーンでも有数の一大マーケットへと成長を遂げています。 マーケットを通り抜け、公共バス、市電を乗り継ぎ次に訪れた場所はMariahilf District Museum。ここはかつてウィーンの中でも特に貧しかった地域のひとつです。この小さな博物館には、その当時の暮らしを模した手作りジオラマのほかにも、館長が長年収集してきた生活史にまつわる様々なものが展示されていました。 その後、またバスや電車を乗り継ぎ、Ute Bockを訪問。ここはオーストリア国内で最も早い時期から難民支援を行ってきた市民が運営する組織です。医療や食事等福祉サービスを提供することを目的として設立されました。彼らが運営するアパートには難民認定を受けていない人々も暮らし、その他、アパート外の人々へもサービスを提供しています。その後、Viktor Adler Marketにて昼食。Brunnenmarket同様、ここも南欧、東欧、中東といったさまざまな文化を背景に持つ店が多く出店していました。 昼食後、滞在先ホテルがある第六区にあるParents/Children Centerを訪問。ここはウィーン市が運営する妊婦・育児の福祉に関する無料の相談窓口です。ウィーンには地区毎に、こうした窓口が存在し、連日多くの相談客が訪れます。 初日最後に訪問したのは、Vinzenzhausと呼ばれるカリタスが運営する組織で、アルコール中毒者の更正施設です。建物はアパートになっており、アルコール中毒患者が一部屋二名ずつ暮らし、リハビリを行っています。また彼らはアパートの運営にも携わっています。

3日目
まず、Die Bruftへ。ここもカリタスが運営する団体であり、主にホームレスを対象とした福祉サービスを提供しており、食事のほか、宿泊施設もあります。宿泊施設は教会の地下で、古くは中世にペストの犠牲となった人々を集団埋葬した場所でしたが、戦後、当時の大学生だった若者たちが文字通り“切り開き”、ホームレスが寝泊りできる場所をつくりました。 次にMagdas Hotelへ。ここは「難民が運営するホテル」という社会ビジネスで成功を収めたモデルケースとして、世界的にメディア等で取り上げられています。隣接する芸術大学のスタッフ・学生と協力し、古いアパートを改装し、現在ではあらゆる場所から観光客が宿泊に訪れるウィーンでの一つの名所となっています。午後はそれぞれのグループに分かれて市内を視察しました。

4日目
ウィーン大学へ行き、オーストリアに関する政治・経済・社会のレクチャーを受けました。午後は列車に乗り、1時間ほどかけてヴァッハウ渓谷地域へ移動。南北に山々が連なり、その間をドナウ川が流れるこの地域には、渓谷沿いに五つほどの自治体が存在します。余談ですが、ホテルがあるクレムス地区は、映画「男はつらいよ」シリーズのひとつ「寅次郎心の旅」のロケ地にもなりました。飛行機嫌いの寅さんが海外旅行したのはこれが最初で最後だとか!

5日目
早朝よりグループに分かれ、各々ドナウ川沿いに点在する自治体にてフィールドワークを行いました。テーマは、それぞれのコミュニティを歩き、社会資本を象徴するものを探すというもの。町の掲示板から教会でのミサ、市長へのインタビュー、そして偶然行われていた祭りなどに参加し、人々がどのような場所に集まり、コミュニティが形成・維持されているのか、といったテーマに関し参与観察をしました。

6日目
滞在中の活動を総括するためにウィーンへ戻り、ウィーン大日本学部の談話室で各グループ、夕方のプレゼンテーションに向けて準備をしました。それをもとに夕方、発表会と交流会を開催しました。

インターンシップを終えて
オーストリアは古来より、東西南北ヨーロッパの交差点であり続けました。その伝統は、第二次大戦後もスイスと並び中立国として存在したことにも表されています。そのため、冷戦崩壊後、21世紀に至るまで、東欧からの移民・難民がもっとも多く押し寄せた国の一つとなっています。近年ではシリアからの避難民が大量に押し寄せ、ウィーン市内は彼らで溢れかえったとか。それは無論、社会的な軋轢を生み、国政でも中道左派の現政権と保守政党が拮抗している状態です。一方、ヨーロッパの交差点であったという歴史的背景も手伝って、今回、多く難民が駅や道路を埋め尽くした中で、彼らへのサポートが自発的に生まれたということも事実です。今回訪問したカリタスでウテボックといった市民組織がそれらを担いました。 その後訪問したヴァッハウ渓谷は、ウィーンから比較的アクセスが容易である関係上、世界中からの観光客が訪問する地域です。しかし、観光産業というだけでなく、それを支える地元のコミュニティを学べたことは、今回のフィールドワークの大きな収穫です。行政が地元の伝統的な生活様式、社会ネットワークに根ざした上に新しいものを取り入れ、さらに根付かせた一つの大きな成功例が垣間見えました。 最後に、このような貴重な機会を提供してくれたHIGOプログラム並びに、ご協力いただいたウィーン大のスタッフ・学生一同に深く感謝いたします。




■参加した学生の声

今回のインターンシップを通じ、日本とヨーロッパにおけるソーシャルキャピタルの違いをよく理解できた。そのため移動中や食事、宿泊施設、訪問施設で日本人と海外の方との違いを感じることが多く、改めて、自分が日本人であることを痛感した。

ヨーロッパを訪れるのは今回のウィーンが初めてであったが、自身の考えを整理する上でとても有益なインターンシップとなった。また、ウィーン大学の日本語学科の学生と交流したことで、日本人にはない様々な考え方を知ることができた。オーストリアの社会構造をそのまま日本に当てはめることはできないが、自分が学んだことをしっかりと今後に活かせるようにしたい。

In Austria, I learned that the social capital in urban area is NPO organization centric, whereas social capital in rural area is community based. Overall, it was a great experience to see that Austrian villagers or city dwellers can make their life comfortable and safe by themselves, even though the government does not take initiative on those matters.

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