Internship

インターンシップ

■水俣インターンシップ 2018.8.27-8.31

■参加者

HIGOプログラム(学生7名、教員3名)

■目 的

1950年代に水俣で確認されたメチル水銀による公害病である水俣病とその対策を「科学と環境の調和」の観点から検討する。さらに、現在の環境モデル都市づくりへとどのようにつながっているのかを理解する。具体的には、①水俣病のメカニズムを理解し、②水俣病の発生と対策をめぐる歴史・社会的背景を学び、③水俣病の教訓を踏まえて今日の水俣でどのような環境政策や環境学習が実践されているかを理解することを目標とする。

■内 容

1日目
環境省の研究機関である国立水俣病総合研究センターに2日間滞在し、国水研の研究者からメチル水銀の健康影響や患者への治療法、同センターの水銀に関する研究内容、知見を生かした国際貢献などについて学んだ。初日は、水俣病の歴史やメチル水銀毒性が人体に影響を与えるメカニズムや、国水研が国際協力機構(JICA)のプロジェクトとして中米ニカラグアで実施した、水銀汚染調査プロジェクトについての講義を受けた。夕方からは、水俣市立総合医療センター内に開設されているメグセンターを訪問し、慢性期の水俣病患者に対する国水研の脳磁計を用いた磁気治療法を見学した。

2日目
午前中は、水俣病患者のリハビリテーションについて学んだ後、振動刺激治療に用いられている器具や歩行訓練用のロボットスーツの動作を確認した。また、環境中の水銀循環メカニズムと、地球規模のモニタリング体制についての講義を受けた。午後は、学生が実際に毛髪を採取し、人体のメチル水銀摂取の指標となる毛髪水銀値の測定を体験した。なお、毛髪水銀分析のメカニズムを説明する講義は、昨年度HIGOプログラムを修了した、国水研の穴井茜・特別研究員が担当した。穴井研究員は、国水研での自らの研究テーマや国水研での仕事の様子を説明する講話も披露し、後輩のプログラム生たちも熱心に聞き入っていた。この日の最後には、HIGOプログラム生が中国の大気汚染の現状と健康被害、政府による対策についてのプレゼンテーションを行い、東アジアの大気汚染問題について国水研の研究者と意見交換した。

3日目
この日は水俣病と対策をめぐる歴史や社会的背景を学ぶ一日となった。午前中には、市立水俣病資料館と国水研の水俣病情報センターを訪れ、水俣病の被害の拡大の経緯や患者運動、当時の地域コミュニティや世論の様子などについて、説明を受けながら展示資料を見学した。また、水俣病被害者互助会の谷洋一さんから、水俣病の訴訟支援や患者の掘り起こしなどに携わった体験談を伺った。午後は、胎児性・小児性水俣病の患者が集う施設「ほっとはうす」で、4人の患者さんから自らの人生や生活の様子、水俣病についての話を伺った。初めて患者さんから話を聞いた学生も多く、真剣にメモをとる姿もみられた。また、水俣病と患者運動に関する貴重な資料を展示した相思社の水俣病歴史考証館を見学したほか、メチル水銀を含んだチッソの工場排水が流されていた排水口や廃水貯蔵施設、患者が早期に確認された地域などを歩いて視察し、地理的な特徴なども含めた、当時のメチル水銀汚染の拡大状況について理解を深めた。

4日目
この日は、水俣の行政や民間企業による環境への取り組みについて学んだ。午前中は水俣市役所を訪れ、水俣市が水俣病の経験を基に、環境ISOの創設やごみの高度分別などを進めて「環境モデル都市」や「環境首都」に認定されたことや、水俣病でダメージを受けた漁業の再生や観光振興に力を入れている現状についての講義を受けた。午後は、水俣市に本拠地を置くリサイクル企業を訪問し、九州各地から運び込まれた家電製品がリサイクルされる工程や資源循環型社会への企業努力について伺った。また、水俣病の原因企業であるチッソから事業を引き継いだJNCの水俣製造所も見学した。環境を保護しようとする地域社会の多様な取り組みを見学した後、学生たちは気付いたことや疑問に思ったことについてディスカッションを行った。

5日目
インターンシップ最終日は、水俣環境アカデミアで環境教育について、講義と実践を通じて理解を深めた。午前中は、元水俣市環境対策課長で、地元学の提唱者として著名な吉本哲郎さんから、水俣が水俣病の経験を踏まえて、「環境都市」として再生していった経緯について講義を受けた。さらに、小中高生や大学生、社会人が水俣から学ぶためのスタディツアーを企画する環不知火プランニング代表理事の森山亜矢子さんが、環境教育の重要性を説明した。午後は、HIGOプログラム生が水俣インターンシップで学んだことを踏まえて、未来の社会と環境との調和を考えるべく、地元の水俣高校の高校生11人とワークショップを行った。ワークショップでは、HIGOプログラム生がアルメニアの金採掘における水銀汚染問題を紹介したほか、「20年後の故郷」をテーマに、経済発展と環境保全について大学院生と高校生の4グループで英語で活発に議論した。最後の発表では、思い描く20年後の街の姿に合わせた環境保護のためのルール設定や啓発活動、クリーンエネルギーの使用など、多彩なアイデアを披露し合った。

インターンシップを終えて
今回の水俣インターンシップは、水俣病を学ぶにとどまらず、戦後日本の公害の原点とも言える水俣病を経験した地域がどのようにして環境都市として再生し、メチル水銀汚染のような環境に配慮しない経済成長がもたらした教訓を世界に発信するようになったかを理解することが目的であった。参加した学生たちも、メチル水銀毒性メカニズムの理解のような研究の視点からスタートし、患者や支援者の証言や資料などから水俣病と対策の歴史への理解を深めていった。さらに行政や企業を訪問し、専門家や地元の生徒たちとやり取りをすることで、過去の教訓が現在の水俣にどのように生かされているかを学んだ。学生たちには問題の複雑さにとまどいながらも、自らが将来の研究や実務において何をすべきかを問い直す貴重な機会となった。このようなインターンシップは、水俣の様々な機関や団体、個人のご協力を頂くことで初めて実現したものであり、記して深く感謝申し上げたい。





■参加した学生の声

水俣病が起きたことはとても悲しい事実で、起きてよかったとはとても思えないが、水俣病が起きたからこそ、今の環境首都の水俣があるのだろうし、日本の公害に対する法律が出来、企業の環境に対する意識が定着してきているのだと思う。ローカルで起きたことを日本全体に、またグローバルに展開していった例ではないかと思う。

この5日間を通して、行政や企業、患者、研究者といったさまざまな視点からの話を伺った。一時の利益を見るだけではなく、人々の幸福や健康を最大限に考え、二度と水俣病のような問題を起こしてはいけないと改めて感じた。

Even though, the outbreak of the disease is over, however, while Minamata Disease patients exist, we can never say that this environmental disaster is already over and solved. Hope that in future similar disaster will never occur.

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